2021/06/27

港町呼子まちなみ保存協議会 ”殿ノ浦”付近の遊廓

唐津市のHPに”港町呼子まちなみ保存協議会”のことが記録してありました。
令和元年8月、地元の有志が中心となって設立。協議会は伝統的な建物や港町らしい町並み、また景観を守り、住みやすく落ち着きと活気ある町づくりを目標に、呼子町を「重要伝統的建造物群保存地区」にすることを目指して活動中。
【山口知事のさー行こう!!】第84回 港町呼子まちなみ保存協議会(唐津市)
令和3年3月には呼子の町並み保存リスト「港町呼子伝統的景観構成要素抽出調査報告書」が作成され、今後の町並み維持が期待されるところです。報告書の内容はネット上では公開されておらず、思うに保存地区は朝市付近だと想像します。呼子を訪れた人たちのブログを覗くと、”殿ノ浦”付近に遊廓があった情報を持って訪れる人たちも少なからずいます。残念ながら、殿ノ浦付近に花街が存在したことを示す物がないので、想像だけで帰ってしまわれるようです。この辺りは、空き地が目立ってきて、保存地区にも入らないと思うので、せめて歴史的記憶として花街名残碑や説明パネルを建立してはどうかと提案します。

https://kokontouzai.jp/のブログから
「呼子町史 ふるさと呼子」には、呼子の遊廓跡の場所が図示されています。それによると、遊廓は、殿ノ浦の田嶋神社のある通りの北側、旅館街を含む海沿いの通りにありました。
「平戸屋」という遊郭があったことを記したブログもありました。
呼子町史 ふるさと呼子
 【参考文献】呼子町史編さん委員会:呼子町史 ふるさと呼子 (唐津市,2005)P.50-P.51
藩政時代より明治期にかけて、帆船の停泊地として名高かった呼子港において、殿ノ浦は娼妓の町として、昭和30年代まで紅燈の灯が点り、その賑わいは有名でした。遊廓としての実態は、昭和33年4月の「売春禁止法」施行まで続きました。現在も、古い町並みが残っています。
(文献出版2005年から現在に至るまでに数件が取り壊されていますよ)
殿の裏 IMG_20200325_175211.jpg
左の建物は、すでに解体されていて空き地になっています。右の建物も下の写真の家も、空き家ではありませんが、かなり古くていたみがひどいですね。当時の造船所の建物も残っています。
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